BAR Eskal
 <大阪・北新地>


2012年4月


BAR Eskal 松山明男

 


プロのサッカー選手を引退して2年。松山明男さんは大阪に住んでいた。酒が好きで、選手のころからバーにはよく通っていたが、カクテルのことはあまり知らなかった。 


とある偶然から、伝説のカクテル「ハバナ・マティーニ」の生みの親として知られる毛利隆雄さんを紹介してもらえることとなった。毛利隆雄の名前は耳にしたことはあった。凄いバーテンダーだという認識もあった。興味を抱いた松山さんは、上京し、銀座の「モーリバー」を訪ねた。


「きちっとスーツ着て、緊張感をもってお店を訪ねたのですが、お店に入った瞬間、あれ、と思ったんです。毛利さんのところで飲んでいるお客様というと、ビシッと背筋伸ばしているイメージでしたから。店内は、まるで毛利さんの自宅のような感じがしました。印象深かったですね。緊張していた反面、お客様の笑い声や話し声が心地よくて。ここは、毛利さんの人柄を映した店なんだなぁと」 


松山さんは毛利さんに会ってすぐに、その人柄に魅了されたという。純粋さにあふれた毛利さんのカクテルを口にした瞬間、自然と尊敬の念を抱いた。飄々とした雰囲気で自分のこと、酒のことを話す毛利さん。松山さんは肩の力が抜けていくのを感じたという。毛利さんに出会ったことで、バーテンダーのイメージが一変したのだ。 


そのとき、突然、思った。酒の世界と関わっていきたいと。その場で決心した松山さんは、スタッフを志願し、受け入れられることになる。その足で、大阪へ取って返し、家の整理をする。1週間後、松山さんは銀座へ戻ってきた。その行動の早さには驚かされるが、突然の申し出を受け入れた毛利さんの懐も深い。 


銀座での修業は、厳しかった。「一流のところはしんどいことも一流なんです。バーにおいて何をしなければいけないかということを身体で教えていただきました。それは今でも日々の仕事に生きています。とにかく『自分のことは一番最後』ということを叩き込まれました。たとえば自分がどんなに忙しくても、何秒の差なんですけれど、お客様が見えたとき、手を止めて誰よりも早くお客様のもとへ行き、挨拶ができるかどうか。挨拶し損ねると、先輩にいつも怒られました。『お前は一番最後でいい』と」 


そんなとき、「バーの仕事って大変なんだよ」と言った毛利さんの言葉が思い返された。スタッフを志願した松山さんに、まるでほかの仕事を勧めるような風情が感じられた毛利さんの言葉は、真実だったというわけ。 


2年間の修業後、松山さんは大阪へ戻り、北新地で「エスカール」をオープンする。そして、今。


「私の店にもスタッフがいますけれど、彼らを育てるところまでは私もまだ成長できていない。自分自身がまだまだですから、修業時代も今も、することは変わりません」 純粋な個性をもった酒場の主が、ここにもいる。


 


バー エスカール
●大阪府大阪市北区曽根崎新地1-7-5 パサラビル10階 
06-6344-5621 
営/18:30~翌3:00、土曜は~23:00 
休/日曜祝日 
カード/使えます
●JR北新地駅より徒歩4分。JR大阪駅より徒歩10分。


2007年オープン。
全23席(カウンター10席含む)。
チャージ1000円。カクテル800円~、ウイスキー1300円~。


北新地の本通りにそびえるビルの10階。窓からは新地の夜景が望め、落ち着いた店内は、酒とバーテンダーとの洒脱な会話を愉しめる大人の空間。


まつやま・あきお
●1976年9月17日生まれ。奈良県出身。Jリーグのガンバ大阪などでサッカー選手として活躍後、27歳でバーテンダーへ。


<クレジット>文 枝川公一 撮影 有元伸也


【dancyu編集部】


<2012年4月号>



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